しっちゃすな

                                                       高野圭介


島一番の
逸物の持ち主



八丈島に浦島のように1ヵ月余りも遊んだことがある。

ある日のこと、
樫立部落で紹介された人と打った。
その人はいかにも福の神の相があって井目敷いた。

「高野さんは今日はとてもいいことをされた。
この人は島一番の立派な逸物の持ち主で、
きっと貴方もあやかれますよ。
いい功徳をされました」

        

一日で
優勝者を


八丈島の大碁会は漁閑期一月の吉日に
樫立、中之郷大賀郷、末吉、三根の島中
各部落から百数十人が一堂に会して催される。

一日で優勝者を決める。


島言葉で
「しっちゃす」


ここでは独特の術語が使われている。
「カケツギ」を「ひっかける」。
「スミ」を「つの」。
打った石を「動かす」のを島言葉で「しっちゃす」という。


床屋の
ユーキさん


道場主床屋のユーキさんは酒落なお人柄と、生来指先の器用さで、
しっしゃす名人である。

しっちゃす相手はだいたい決まっている。
浅沼太右衛門さんは大きな体を持て余すように
「どーれ」とでも言って現れる大人の風体だ。


床屋ユーキさんの弁。

 「ここはあが(ワタシノ)床屋碁だから、そごんだ(ソコダ)そごんだと、
待ったも、助言も、しっちゃし碁も楽しみながらやるごん。
地取り碁なんかだめじゃー。
しょっちゅう同じ人と打ってあろんで(イルノデ)
愛敬ちゅうもんがいるじゃー。
それじゃよう」



高島 忠四段



山下順源四段


かって来島した、棋士高島忠四段はこの話を聞いて

「元来、一旦打った石を動かすこと、そうですね、
それが楽しみだと言うにしても、
もし、相手に露見したら直ちに投了すべきですよ」


それを聞いた、棋士山下順源四段曰く

「それがどうかという質問自体愚問です。
石を動かす行為そのものが論外であり、
もし私に何らかの返事を要求されているというならば、
もはや黙秘権を行使する意外なにものもない」

 プロの碁を見つめる真摯な態度は当然とはいえ、常にルールに厳しく、
自分に厳しく処しておられるのがすがすがしい。